BLというジャンルに馴染みのない方もいるかもしれない。
ましてや裏社会、ヤクザ、特殊な性癖…といったワードをみて嫌悪感を抱く人も少なからずいるだろう。
しかしジャンルという枠にとらわれず、ぜひとも読んでいただきたいのが
ヨネダコウさん原作の「囀る鳥は羽ばたかない」(大洋図書)である。
特殊な性癖を持つクレバーなヤクザの若頭である矢代と、無表情で寡黙な付き人兼用心棒の百目鬼を中心に、
混沌とした裏社会で生きる男たちの人間ドラマを切なく苦しくも美しく描いた物語である。
特にこの矢代というキャラクターの「深さ」はハマったらもうドツボ。
有名男性俳優をも虜にし、「実写映画化したい」と言わしめ、
今年2020年2月15日からは劇場アニメ化公開が待っているこの作品。
はっきりいいます。
この作品、神です。
本当に素晴らしい。
真誠会若頭の矢代は、頭は切れるが性的欲望に忠実で周囲からも一目置かれるほどの変態癖の持ち主。
そんな矢代のところに付き人兼用心棒としてやってきたのが百目鬼でした。
普段は部下に手を出さない矢代でしたが、
なぜか百目鬼は違った…矢代のことを「綺麗だ」と思っていた百目鬼でしたが男性的には不能(ED)。
その一線を超えない距離感の中でお互いへの想いを烟らせていく…。
そんな2人にはそれぞれに抱える壮絶な過去があった。
矢代が百目鬼の過去を知ってその苦しみから救い出そうとしてくれた優しさをきっかけに
百目鬼の矢代への心酔と尊敬の念を抱き始める1巻
その想いが恋に変わっていく2巻
裏社会の抗争を通じお互いがその存在を絶体的なものだと自覚する3~4巻を経て
5巻ではとうとうその想いが爆発する。
そして波乱の6巻へと続き、現在も連載中である。
この物語において、主人公矢代の魅力を語らずにはいられない。
こうして文字にする以上に矢代という、キャラクターの中に潜む「闇」は捉えどころのない要素であふれている。
コミュニケーション能力に長け金儲けも得意なのに
幼少期から作り上げられた内面の歪みが自己矛盾となって矢代自身を苦しめている。
いじめたい、いじめられたい…そんな矛盾を抱え、自らを傷つけることで自分を保とうとする。
かといって自分自身を悲観的に見ているわけではなく
自分の境遇を受け入れている高潔さすら感じる冷静さも持っているそれが矢代。
一方、百目鬼は無表情で寡黙なわりに天然なところもある。
矢代のことを「優しくて強くて綺麗」という好意から尊敬、恋心に変わっていく百目鬼の
矢代に対する想いは愚直さに溢れている。
そんな百目鬼の想いすら矢代は、受け入れたいのに受け入れたくないという矛盾に襲われてしまう。
そばにおきたいのにおけない理由を気づけば探し求め、百目鬼を無駄に傷つけようとする。
でも同時に矢代自身も傷つきながら百目鬼の気持ちを試しているのかもしれない。
これはもう、BLの域を超えた人間ドラマである。
設定が裏社会な関係上、内部抗争や嫉妬、欲にあふれた男たちの争いごとも起こるが
すべては矢代と百目鬼の関係が形作られていくエッセンスとなっており、そこが絶妙に実にうまくストーリーが練りこまれている。
でもその脇を固めるキャラクターたちも骨太で愛おしい面々が登場するのだ。
本当にヨネダさんのセンスといったら…!
決して感情の起伏は多くなく、物語はしっとり静かに進んでいくが、それもそれがとてもいい。
最低限に抑えられたモノローグ、短いセリフにいくつもの解釈をも込められたような絶妙な言葉選びは
まるで映画を観ているような気分でストーリーが進んでいき、
それがまた作品の世界観を引き立てている。
どうか少しでも気になったところがある方はどうかこの作品を手に取ってほしい。
何度も書くが、BLをいう枠を超えて1人でも多くの人にこの作品の世界観に浸ってほしい。
心が元気な時に読んでほしい、というアドバイスできないが、
きっと手に取って読んでくれた人たちに「何か」を残してくれるきっかけになる作品となるだろう。